小学3年生の時、担任の河野先生に、ニッコリ笑顔で「いらん子じゃの(いらない子だね)」と言われた。その頃には薄々自分は跡継ぎになれないと思っていたので、河野先生に言われたことで「次男は跡継ぎになれない」というのは公的な決め事なのだと悟った。
いらん子と言われても、裏に「うちの子になるか?」という含みがあったので救われた。傷ついたりしなかった。河野先生の家に行こうなどとは思わなかったが、スイッチが入り、独立自営の方向性が決まった。
大人になれよ。
独立国民党 ヒデミツ(森近 秀光)
小学3年生の時、担任の河野先生に、ニッコリ笑顔で「いらん子じゃの(いらない子だね)」と言われた。その頃には薄々自分は跡継ぎになれないと思っていたので、河野先生に言われたことで「次男は跡継ぎになれない」というのは公的な決め事なのだと悟った。
いらん子と言われても、裏に「うちの子になるか?」という含みがあったので救われた。傷ついたりしなかった。河野先生の家に行こうなどとは思わなかったが、スイッチが入り、独立自営の方向性が決まった。
大人になれよ。
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