「才能ある人は元からあるのであって大学行かなかったから才能が芽生えたわけじゃない」って論には違和感しか感じない。僕の25歳までを観察して才能があると思う人は一人もいないだろう。
才能は勘違い、思い込み、さらに言えば自惚れである。
楽しそうに生きてる大人を見て「自分もやりたい」と思っただけ。自分もできると思うのだから自惚れですよ。
是川銀蔵さんを見て「自分もやりたい、是川さんみたいに思いっきり熱く生きて小説書きたい。100万部売れるだろう」と思っただけ。
「是川さんみたいに株で大儲けしたい」と思っただけ。
「邱永漢さんについていきたい」と思っただけ。
「渡部昇一先生の理論を頭に叩き込んで米中韓を叩き潰したい」と思っただけ。
理科が好きだから「製造業を選択し続けた」だけ。
「これ面白いな」という対象を見つけて没頭するのを才能というなら、「誰にでも才能ある」と言えるのでは?
才能とは少数の人しか持たないから才能と言うって論には与しない。
日本だけで3万種の職業があるという。その中で1番の人は才能ありと言えるだろう。それだけで3万人の天才がいるわけだ。
学校行って課題に追われまくって考える時間が持てないから、自分が何をやりたいと気づくチャンスを失い続ける。
第一歩は「あっ、これやりたい」と思うだけだよ。それが才能か?ふざけるな。
最後に。
天才はいくらでもいるよ。だけどお金にならない、ポジションが上がらないことに熱中するのはオススメしない。嫉妬の人生じゃ嫌でしょ?
対象に没頭するのはいいんだけど、それを極めた暁にはいくら稼げるのか、どう評価されるのか、ポジションは上がるのか。左脳とそろばんずくになってください。
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